芸人ガロインのブログ。

M-1、R-1、2010年まとめ。2010.11~2011.2のいろいろ


ブログがライブ告知だけでさみしい!
更新が途絶えた原因は携帯をiPhoneに変えて操作がうまくできなかったから。
と、Twitterに書いて満足してたから。

けど、ブログに残しといた方が見返した時にいいなってのもあるね。

てことで、簡単にメモ。


◎M-1 2010決勝
笑い飯さんの優勝嬉しかった。
スリムクラブさん面白かった。
ジャルジャルさんが一番よかった。

◎R-1 2011決勝
バッファロー吾郎・木村さんの面白さ。
キャプテン渡辺さんのかっこよさ。
佐久間一行さんの一本目の楽しさ。

R-1出場
春の香り、ぐらんぷり井上
それぞれの笑いを確認。



バー垣城での集まりが楽しかったこと。

芸大アートプラザ、国際子ども図書館。

映画 『知りすぎていた男』ケセラセラ

きらっといきる。脳性マヒブラザーズ

談志THEムービー観に行ったこと。
人情おじさんのこと。

おぎやはぎ『地味ですが何か』と
山里『天才になりたい』

ノロウィルスの苦しさ。

ランジャタイからのアマデウス

ジャルジャルDVD

劇団ひとり匠DVD

浜口さんの誕生日。
浜村さんの誕生日。

マンション4の浜村さんらしさ

ニーチェからの永井均

小宮くんの熱と、外山滋比古
公園ドライブさんの笑い

神聖かまってちゃん
エレファントカシマシ、クロマニヨンズ

平和祈念展示資料館。戦争

殺人者はいかに誕生したか

金子みすず展~みんなちがってみんないい~

文化庁メディア芸術祭、漫画雑誌 架空
国立新美術館

シュルレアリスム展
何でもありじゃん、自由じゃんの解放感。


◎2010年まとめ

春の終わりに良い出会いがありました。

夏から伴くんとの毎週火曜日ジョナサンがなくなって、良い距離感になりました。

秋は周りから自分のことをいろいろ教えてもらいました。

冬は自分でも自分のことをいろいろ知りました。形が見えてきたような。

結局また新しいスタート

公私ともに楽しい毎日。
楽し過ぎてうっかり満足してしまいそうな。

今を生きる、このまま
上へ上へ上へ~!


与えられるだけの受け身の楽しさは
もういらないな~
向き合う楽しさ、見つめる楽しさ、上へ上への楽しさ。

準備万端と言えるように


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演劇と展示 sons wo: + ぽ・ぎょらん『かわいいめいしゃ展』


【sons wo:】
演劇『めいしゃ』
前回のsons wo:の公演には出演して、楽しかった。
客としてもYouTubeで楽しんだ。
今回の公演を見て、前回の点と今回の点が一本の線になることをなんとなく期待していたが。
ただの二つの点になったかな、重なって前より大きな一つの点になったかな。

見終わった瞬間は、前回と同じ印象だったから前以上には何もなかった。わからなかった。
自発的には楽しんだし、楽しめたけど、楽しまされた感はあまりない。
楽しめるのは、特徴がある・考える余地がある・解釈の余地が広い、からか。
それはいいんだけど。
もっと、わかりたかった、感じたかった。
sons wo:の【何か】を。影山さんの【何か】を。
【何か】は【魂】とか、伴くんの【スペック】みたいなこと。

物語のわからなさと【何か】のわからなさが混じってて、よくわからなくなってきた。
わからなさの中に面白さも詰まってるんだけど。どっちのわからなさも重要なのか、

表現者としては【何か】をお客さんにわかってほしい気がするんだけど。
伝えたいのか、表現したいのか、伝わればいいななのか、

演劇たくさん見てる玄人が観るともっといろいろ楽しめるのかなと思う。
もしくは演劇とはこーゆうものってのがないド素人が観ると何かもっと純粋に感じるかな。

素直に面白かったといえないもどかしさがある。
けど今までみた演劇のなかで一番面白かったのを聞かれたらパッと頭に浮かんでしまいそうな。


公演を観てる時に思ったのは、まずお客さんの気遣いに一番笑った。
この公演は客席をお客さんが勝手な場所に作っていいんだけど。公演の途中で演者の邪魔になっちゃう人もいて、その人のどーしよう感が、席を立って中腰になってる様が一番笑えた

あと音楽のチョイスが相変わらず良かった。

と、あの場面でのイッセー尾形はどーゆうニュアンス・記号・象徴なんでしょ。
芸人でいうと、やすきよとかなのかな。

あとは、なんやねんっていう感じとか。

あのしゃべり方はやっぱ物語を追う気にならないから、部分だけ切り取って空想の材料にして、見てた、聞いてた、遊んでた。
それでも後半は不思議となんだかわからない盛り上がりを感じさせるよね。


見終わったあと、ジョナサンで伴くんといろいろな話しをした。
その材料としても活躍してくれたように思う。

てことで、やっぱ素直に面白かったと言ってもいいような気もしてきた。



【ぽ・ぎょらん】
作者はあの会場にいたのかな、どんな人か見たかった。
展示も可愛いかったけど、
おみくじがとても良かった。絵も文字も。
「よくないことはない」とか、斎藤一人が浮かんだ。
「夢も現 現も夢 血も立ったままねむっているよ 安眠☆☆☆☆☆ お元気で」
これまた、よーわからんけどね。



最後にHPの宣伝分載せときます。

おしばいとてんじやります。

『かわいいめいしゃ展』

・かわいいの境界

ぽ・ぎょらんの場所にsons wo: が演劇するのはどだい無理なことかもしれない、
どうしようもなく対話できない、おんなのこ/おとこのこです。
しかしそれでもやろうというのだから、この世は地獄でしかない。
あきらめることなく目をそむけ続けろ! 明日も我が身だ!

「めいしゃ」
(おはなし)
めいしゃとその妻の二人芝居。手術は済んで何が見えるか。
もはやかみあわない、おかしなふたりのなれのはて。
(演出ノート)
めくら蛇に怖じずだが、逆にいえばめくらの世界ではどこにも常に蛇はいうる。
常に怯えがある。演劇的な場も同じ、
どこに何があるか、その場にどんな言葉が響くか、というのは常に様々にありうる。
それが豊かなほど演劇は大きな質量をもつ。
できるだけめくらのふりしながら演劇的な場に立つ。
なのでできるだけめくらのふりしながら観てほしい。
おかしみ、おかしみが本質的には手をとれるようになるまで。
(「あなた」と言うなら空虚に向かって言いたい。
忘れることも忘れる未来のところで、空虚にも手はとれるのだと信じる。)
演出 カゲヤマ気象台


と、当日パンフからも少し抜粋

今回は岸田國士の『紙風船』の構成を意識している
~略~
一応物語の文脈に沿ってはやるつもりだけれど、全体をいちどに見通せるような視界はもたないつもりだ。それは盲目のひとが手をおいたところしか認知できないのと同じように、物語の今の点しかないようにやる。そういうときに演劇をやっているこの場というものが、どういうふうに見えるか?そこに耳を澄ますというのはどういう体験なのか? というのは、それぞれの方々に任せるしかないのだけれど、
~略~



20日14:00~と19:00~も
駒込ラ・グロットでやってます。

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